イースター島【ISLA DE PASCUA】

 イースター島はチリ本土から3700km,ポリネシアのいちばん東にある太平洋の孤島です。スペイン語でパスクア島(スペイン語でイースターの意)といい,島の人からは,ラパ・ヌイ島と呼ばれています。イースター島という名前の由来は,オランダの探検家ロッヘフェーンが島に上陸した日がキリストの復活祭の日だったことによっています。人類に未来を警告する島として,1995年世界文化遺産に指定されました。

 
アフの上のモアイ

 モアイは代々の村長の姿,先祖の姿であり,土地と人々の豊かなくらしを見守ってきたといわれています。イースター島というとモアイが目立ちますが,立っている台も大切な遺跡です。モアイが立てられている台はアフと呼ばれ,お墓になっています。

 

 モアイは山の岩石(凝灰岩)をその場で固い玄武岩だけでけずり,あるていど形にしてから台の上に運ばれたと考えられています。先程までモアイを作っていたのではないかと疑うほど,制作途中で放置してあるモアイの切り出し風景は圧巻です。また髪の毛を表すプカオは別の場所から取れる赤色凝灰岩でできています。  

制作途中で放置されたモアイ
 
倒されたモアイ

 もともとイースター島には亜熱帯の林が茂っており,人々はそのめぐみを基に豊かに暮らしていました。しかし,モアイづくり競争で木材やロープ,食糧を必要とするためたくさんの木々を切りました。その結果,緑が少なくなりそれが人々の争いを呼び,島の荒廃に拍車をかけたと考えられています。

 

 モアイには実は目がありました。ところが島内で争いごとがおこった際,マナ(霊力)を封じるために,目は壊され,顔も埋めるように倒されてしまったのです。 村の守り神的存在であるモアイを倒すことは戦いの完全勝利を意味したようです。白珊瑚石と赤色凝灰岩でできています。   

モアイの目
 
鳥人儀礼の行われたオロンゴ

 村ごとの対立が起こるようになってから,鳥人儀礼が発達します。それは,村の代表が島から1.5km離れた無人島に泳いで渡り,渡り鳥の卵を持ち帰ります。持ち帰った者の上官が,鳥人としてその後1年間,島の政治的・宗教的な実権をにぎるのです。他の島との交流を持たない島の人々にとって,彼方から渡ってくる渡り鳥は,神の使い以外の何者でもなかったようです。 

 

 西洋人が頻繁に島に渡るようになってから,キリスト教に改宗したり,モアイが持ち去られたり,ポリネシア唯一の文字である可能性のあるロンゴロンゴを読める者が死に絶えたりしてしまうなど,島の文化は大きく変わっていきました。 

ロンゴロンゴ

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